2007年5月30日水曜日

フランツ・フォン・シュトレーゼマン - 竹中直人


「ミルヒー・ホルスタイン(Milch Holstein ホルスタインの牛乳)」という、明らかに胡散臭い偽名を名乗る謎のドイツ人。一見ただのスケベジジイだが、その正体はヴィエラと人気・実力を二分する大指揮者である。

桃ヶ丘音大の講師に招かれ、AオケとSオケの指導に当たる。指揮科に転科を望む千秋に初めはけんもほろろだったが、やがて彼の才能を見抜き初めての弟子にする。千秋に「永岡真実の写真集を送れ」と何度も催促するが、うやむやにされたままである。

なお、千秋がシュトレーゼマン失踪記事をインターネットで発見した際、記事中では「Strezemann」と表記されていたが、シュトレーゼマンのドイツ語での正しいスペリングは「Stresemann」である。(前者では「シュトレーツェマン」という発音になる。)原作中では双方の表記が混用されているため、そのまま誤植したと考えられる。

ピアノ協奏曲第2番 (ラフマニノフ) 6話

ラフマニノフ『ピアノ協奏曲第2番』は、学園祭で千秋とシュトレーゼマンが最初で最後の師弟共演を果たした曲。さらにそれを聴いたのだめが千秋との距離を埋めようと、初めてピアノに対して貪欲に取り組んだ曲であり、今後の成長の第一歩となった記念すべき曲でもある。
セルゲイ・ラフマニノフのピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 作品18は、1901年に完成された。あらゆる時代を通じて最も偉大なピアノ協奏曲の一つと看做され、ロマン派音楽の金字塔の一つとされている。本作品の成功は、ラフマニノフがそれまでの数年間にわたる鬱(うつ)傾向とスランプを脱する契機となった。

ピアノ協奏曲第2番

三木 清良(みき きよら)- 水川あさみ


ヴァイオリン科在籍。ドラマ版で原作と設定が変わっている登場人物。ウイーン帰りであり、Aオケのコンミス(コンサートミストレス)をする優秀な生徒。後にR☆Sオケのコンミスを務める。全日本音楽コンクールは当然優勝と思われていたが、首を寝違えたせいで2位入賞に終わってしまう。R☆Sオケで共演するうちに峰と親しくなる。

交響曲第7番 (ベートーヴェン) 4話

桃ヶ丘音大定期公演で、シュトレーゼマン率いるAオケの『第九』と直接対決するSオケの課題曲。千秋がSオケの指揮者として華々しい第一歩を飾った記念すべき一曲だ。
 のだめの表現によると「いかずち! どきゅーん」に「落雷、大雨、泥棒泥棒~♪」といった表現になってしまうが、のだめのこのマンガ的な表現もあながち的外れではない。『交響曲第7番』は各章ごとに“落雷”であったり、“大雨”であったり、“泥棒のしのび足”であったり、個性的な“リズム”が支配する名曲なのである。
交響曲第7番イ長調作品92はルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの作曲した7番目の交響曲。明るい曲想から非常に人気があり、ベートーヴェンの9つの交響曲のうちでも演奏される機会は非常に多い。

交響曲第7番 Sオーケストラ
交響曲第7番 R☆Sオーケストラ

2台のピアノのためのソナタ(モーツァルト)1話

桃ヶ丘音楽大学で千秋の新しい担任となったピアノ科の教師・谷岡が、のだめとの合奏用に提案したのが、この曲。「学校一ピアノがうまい千秋くんの、後輩指導だと思って」と、谷岡からのだめを押し付けられた格好となった千秋だが、しぶしぶながらもレッスンを開始する。
この曲は、モーツァルトがピアノのうまい弟子(おデブのお嬢さんだったらしい……)との合奏用に作った、“あっかるいサロン向き音楽”。この曲が作られた18世紀のヨーロッパは、王族や貴族たちによる宮廷文化華やかな時代。彼らは、お抱え音楽家を自分たちのサロンで演奏させ、日々パーティーに明け暮れていた。この曲には、当時のサロンの華やかさと、きらびやかさが溢れている。

2台のピアノのためのソナタ

2007年5月28日月曜日

5月26日

土曜日遊園地に行って来た!!
日曜日に行くつもりだったんだが、雨が降るって天気予報があったので前日に行った。
結局雨は降らなかったけど、、^^

朝早く出発して開場前に着いた。
先週は連休だったからかな、、すごく混んでいた。
でも本当に久しぶりに遊園地に行って、そんなことはどうでもいいって思った。

そこで乗り物より、動物園と花の庭園を中心に見た。
最近新しく猿のための空間ができた。
温泉に入る日本の猿、絵を描く猿などいろいろな種類の猿がたくさんいた。あんまり見れない猿が目の前で見れるのですごく良かった。

花もきれいだった。特にローズ。
写真を撮れる場所もあって、遊園地のメインキャラクタと一緒に撮ることもした。

なんかすごく良い日だった。
期待した通りに。
体は本当に疲れたけど、、^^

2007年5月21日月曜日

韓国と北朝鮮、56年ぶりに鉄道往来


【ムン山(韓国北西部)=福島恭二】韓国と北朝鮮を結ぶ南北縦断鉄道、京義線と東海線で17日午前、軍事境界線を越える列車の試運転が始まった。(ムン山の「ムン」はサンズイに「文」)

 南北間の列車往来は、朝鮮戦争中(1950~53年)の51年6月以来約56年ぶり。

 試運転はこの日一往復で終わる。韓国政府は、南北分断によって途絶した縦断鉄道を民族和解の象徴として再運行させ、人的、経済的交流の拡大につなげたい意向だ。しかし、北朝鮮の核問題が進展しない中、南北関係だけが進展することに国際社会から警戒の声が強まっている上、北朝鮮も韓国からの経済支援取り付けという実利目当ての側面が強く、韓国が望む鉄道の定期運行実現は難しい状況だ。

 試運転は、朝鮮半島西部の京義線=韓国・ムン山―北朝鮮・開城(ケソン)=27・3キロ・メートル、東部の東海線=韓国・猪津(チェジン)―北朝鮮・金剛山青年=25・5キロ・メートルで行われた。京義線は韓国側から、東海線は北朝鮮側から発車し、両線合わせて韓国側は200人、北朝鮮側は100人が乗車した。

 京義線のムン山駅では記念式典が行われ、列車は午前11時30分、開城に向けて出発。南北閣僚級会談の韓国首席代表を務める李在禎(イ・ジェジョン)統一相は「試運転は、途切れた民族の血脈を連結するという意味が込められている」とあいさつした。

(2007年5月17日14時5分 読売新聞)

何日前か、韓国と北朝鮮を結ぶ南北縦断鉄道の試運転が始まったという記事をニュースで見た。聞いた時何かすごく嬉しかった。最近韓国と北朝鮮の関係がよく進んでいないような気がしたので、このニュースはとても懐かしいニュース。

でも、一つ惜しいことがある。それは各国の雰囲気差。韓国はとても大きな開通式が行われた反面、北朝鮮はとても静かな開通式が行われた。残念ながら、56年ぶりに鉄道往来に対する国民の反応も違うみたい。韓国の方だけこのことについて喜んでいる。何か寂しい感じ。

でもこのように、少しずつ進んでいけばいつかいい結果が来ると思う。60年の傷はすぐ治るほど、簡単なものではないから。